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「知らない」は言い訳にならない

「知らない」「前例がない」は、闘いを放棄しているのと同じです。最初の一歩を踏み出す勇気について考えました。

「エンジニアの行末を心配するシリーズ」、今回のテーマは「知らないと言う人間に、仕事は与えられない」です。

知っていることに、そんなに価値はない

あなたが知っていることは、どれくらいありますか。おそらく、知らないことの方がずっと多いはずです。そして正直なところ、「知っている」ということ自体には、それほど大きな価値はありません。その程度のことは、調べればすぐに答えが見つかるからです。

禅僧の鈴木俊隆は「初心者の心には多くの可能性があるが、熟達者の心にはわずかしかない」という言葉を残したそうですが、まさにこの話と重なります。最初から何もかも知っている全知全能な人間など、存在しません。誰もが、最初はゼロから始まっています。

「知らない」も「前例がない」も、闘いの放棄

ビジネスの場で「知らない」と口にすることは、闘いを放棄しているのとほとんど同じだと思っています。「前例がない」も同じです。

では、最初の人はどうしたのでしょうか。最初に実績を上げた人に何かを頼んだ人は、どんな判断でそれをしたのでしょうか。何ごとにおいても、必ず「最初の人」は存在します。

一番タチが悪いのは、知ったかぶり

「知らない」と正直に言える人は、まだいいのかもしれません。一番タチが悪いのは、知らないくせに知ったふりをして、その場をやり過ごそうとする人です。知ったかぶりは、いずれ必ずボロが出ます。そして、ボロが出たときの信用の落ち方は、最初から「知りません、調べます」と言っていた場合の比ではありません。

目を背けた人に、チャンスは巡ってこない

知らないことから、前例がないことから、最初から目を背けてしまう人には、チャンスを掴む機会は永遠に巡ってきません。

調べれば分かることを理由に足を止めるくらいなら、調べながらでも前に進んだ方がいい。この記事も、正直、書きながら考えをまとめている部分があります。それでいいと思っています。ちなみに鈴木俊隆の言葉も、恥ずかしながらこの記事を書くために調べて、今回初めて知りました。知らないことを恥じていたら、この記事自体が書けなかったので、結果オーライということにしておきます。

以前書いた「しってる、できる、と、やってるの間の圧倒的なる境界」とも、根っこは同じ話です。知らないことを理由に立ち止まるか、知らないままでも動き出すか。結局はいつも、そこに行き着く気がしています。

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