「SaaSはオワコンなのか」と聞かれることが増えました。AIが文章だけでなく、簡単なアプリやツールまで一瞬で組み立ててしまう様子を見た人ほど、そう感じるようです。
直近1〜2年でそこまで極端な世界になるとは、正直まだ思っていません。ただ、「あり得ない話」だとも言い切れないのが、最近の実感です。
誰でもつくれる時代に、何を買うのか
これまでSaaSにお金を払っていたのは、「自分でつくるより早くて安いから」という理由が大きかったはずです。もし、思いついたその場でAIが同じようなものを組み立ててくれるなら、この前提はゆっくり崩れていきます。
経営学者のドラッカーは「事業の目的は顧客の創造である」という言葉を残したそうですが、これはSaaSにもそのまま当てはまります。売っているのは機能そのものではなく、その機能が生む結果です。誰もが自分でつくれるようになったとき、それでもお金を払ってもらえる理由は、機能の外側にしかないのだと思います。
残る価値と、消える価値
おそらく最初に価値が薄れるのは、「単純な作業を代行しているだけ」の部分です。逆に、複数の情報を一つの画面へまとめて判断しやすくする、他のサービスやデータと安全につなぐ、日々の運用を任せて安心できる、といった部分は、AIが個別に何かを組み立てても簡単には代わりません。
もっとも、AIに「御社のSaaS、もう要らないですよね」と面と向かって言われる日が来たら、それはそれで新しい相談窓口ができたということかもしれません。
既存のサービスにお金を払って使うという仕組みが、いつか役目を終える日が来るとしても、それは今日でも来年でもなく、もう少し先の話だろうというのが今の見立てです。だからこそ、「置き換えられない理由」を後から探すのではなく、最初からそこに軸足を置いてサービスをつくっていきたいと思っています。