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「続ける」は実は非凡なことだった

羽生善治さんの「継続こそ才能」という言葉に共感しました。偉人たちも、結局同じ結論にたどり着いています。

将棋の羽生善治さんの言葉に、深く共感しました。

「確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている」

正確な言い回しまでは確認できていませんが、趣旨としてはこういう内容だったと記憶しています。

「続ける」は、実は非凡なこと

凡人にもできることを、凡人には続けられないやり方で続ける。それが才能だと言われると、身も蓋もないようでいて、妙に納得してしまいます。「続けること」自体は、誰にでもできそうに見えて、実は一番非凡なことなのかもしれません。

以前紹介した田中修治さんの「知っている・できる・やっている」の話とも、根っこは同じだと思っています。

偉人たちも、結局同じことを言っている

カルビン・クーリッジ元米大統領は「この世で忍耐に代われるものはない。忍耐と決意さえあれば、それだけで全能である」という言葉を残したそうです。松下幸之助さんも「成功するまで続けるから成功する」という趣旨の言葉を残しています。時代も国も違う人たちが、揃って同じ結論にたどり着いているのを見ると、これはもう、疑いようのない真実なのだろうと思います。

とはいえ、続けるのは面倒くさい

とはいえ、正直に言うと、「継続は力なり」なんて言葉を、何百回聞かされてきたか分かりません。分かっているのに続けられないから、みんな苦労しているわけで、この手の名言集は、結局のところ「わかってるけどできないんだよ」という叫びを黙らせるためだけに存在している気もします。

それでも、分かっていて続けられない自分と、分かっていて続けられる自分の間には、天と地ほどの差があります。今日もその差を、少しだけ埋めにいこうと思います。

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