「日本のIT業界の多重下請け構造は、AIの台頭によってこれから加速度的に崩れていくと思う。」——最近、こんな見立てを持っています。
経済産業省も以前から、日本のIT産業を「人月単価+多重下請け」に依存した構造として問題視し、内製化やSaaS活用への転換を促してきました。つまりAIが突然この構造を壊し始めたわけではなく、もともと壊れかけていた構造に、生成AIという強烈な加速装置が入り込んだ、というのが実態に近いのだと思います。
崩れるのは「実装」を担う中間層から
これまでのIT業界は、ユーザー企業が1億円を発注し、大手SIerが受け、二次請け、三次請けへと流れていくうちに、実際にコードを書く会社に届く頃には数千万円まで目減りする、という構造でも十分成立していました。上流には「要件整理・調整」が、下流には「大量の実装要員」が必要だったからです。
ですが、AIが効いてくるのはまさにこの下流です。設計書作成、CRUD実装、テストコード、SQL、API、画面実装、レビュー、ドキュメント作成——これらの工数が一気に圧縮されます。10人必要だった実装チームが3〜5人で済むようになれば、発注側の頭には自然と「これ、自社の数人とAIでできるんちゃうか」という発想が浮かびます。
内製化の目的は「コスト」ではなく「スピード」
Gartnerも今年、日本企業のIT内製化について、その目的を単なるコスト削減ではなく「スピード」と「知見の社内蓄積」だと指摘しています。要件説明→見積→稟議→発注→SIer→下請け→実装→QA→修正依頼、という長い工程を踏んでいる間に、自社の社員がAIに指示を出して、その日のうちにプロトタイプが動いてしまう。この速度差の方が、多重下請け構造にとっては致命的だと感じています。
実際、2026年には大阪ガスが、企画・設計から実装、テスト、リリース、運用までをAIで支援する自社のAI駆動開発基盤を構築しています。もはや「実験段階」ではなく、実運用のフェーズに入ってきているのだと思います。
AIが壊すのは「受託開発」ではなく「人月商売」
ここが一番大事なところだと思っています。AIが壊すのは受託開発という業態そのものではなく、「人月を右から左へ流して利益を抜くモデル」です。100人月×100万円で1億円の商売が、AIによって30人月で同じ成果物ができてしまえば、売上は3000万円に縮みます。ユーザー企業にとっては最高の話ですが、人月商売を前提にしたSIerにとっては最悪の話です。生産性を10倍にする技術が、そのまま人月商売の売上を1/10にする技術にもなる。ここに、業界の構造そのものを揺るがす利益相反があります。
ピラミッドから、ネットワークへ
とはいえ、大企業がすべて自社開発に切り替える世界にはならないとも思っています。むしろ、企画やプロダクトオーナー、業務知識、AIコーディングは自社が担い、クラウド設計やセキュリティ、難易度の高い実装は専門会社に任せる、という「内製+外部専門家」の形に落ち着いていくはずです。縦のピラミッド構造が、横のネットワーク構造に置き換わっていくイメージです。
この変化の中で危ういのは、「言われたものを作ります」しか価値を出せない会社です。逆に生き残るのは、「何を作るべきか判断できる」「業務そのものを理解している」「AI込みで最短ルートを設計できる」会社だと思います。これはまさに、うちが掲げている「必要なら作る。作らない方が良いなら、そう提案します。」という姿勢そのものです。
今後5〜10年で、日本のIT多重下請け構造は消滅こそしないものの、かなり薄くなっていくと見ています。そして崩れていく順番は、末端の下請けから、じわじわと元請けの人月部門へと近づいていくはずです。最後に生き残るのは、顧客との取引関係を持っている会社ではなく、顧客の問題を実際に解ける会社だと思っています。