先日、作家の佐藤優さんと、元大王製紙会長の井川意高さんの対談を観る機会がありました。天国も地獄も見てきたお二人だからこその、お金と幸福についての話が印象に残ったので、まとめておきます。
お金と学歴は「あれば、もう少し」幸せになれる
井川さんは、お金や学歴について「胸と金は、なくても幸せになれる。あったら『もう少し』幸せになれる。ただ、ありすぎるとどちらも肩が凝る」というようなことを話していたそうです。多ければいいというものでもないし、なくても十分楽しく生きていけるけれど、ある程度あった方が選択肢や余裕は広がる。極端に振れない、現実的な距離感だと思いました。
幸福度を左右するのは、金額より「稼ぎ方」
これを受けて佐藤さんが指摘していたのが、幸福度を左右するのはお金の絶対量よりも「どうやって稼いだか」だという話です。紙をつくる、製品を届けるといったように、誰も損をせず社会に価値を生み出して得たお金は、素直に「ハッピーなお金」になる。一方で、相手の資産を奪うだけのゼロサムゲームや、他人の弱みや不安につけ込んで得るお金は、人を恨ませながら稼ぐぶん、幸福度には結びつきにくい、ということでした。
「希望」を売ってはいけない
不幸につけ込む稼ぎ方の具体例として挙がっていたのが、客観的に見て勝ち目がないと分かっている裁判で、藁にもすがりたい被告人に「無罪を狙える」と甘い言葉をかけ続け、高額な弁護料を取り続けるようなビジネスの話です。佐藤さんは「弁護士が売るべきなのは法律サービスであって、希望という名の幻想ではない」という趣旨のことを話していました。科学的に証明できない救いを商品にする構造も、同じ根っこにある例として挙げられていました。
踏み台にして稼いだお金は、人を幸せにしない
この話を一言でまとめると、お金は人生を少し幸せにするツールではあるけれど、人を踏み台にしたり、不安につけ込んで稼いだお金は、本当の意味で人を幸せにはしない、ということだと理解しています。天国も地獄も見てきた井川さんと、外交官として国家の裏表を知り尽くした佐藤さんだからこそ、説得力のある話だと感じました。
ちなみに、このブログも毎回のように最後で自社サービスの話をそれとなく挟んできます。佐藤さんに言わせれば「希望を売る側」に片足突っ込んでいると言われても、正直反論できません。せめてもの救いは、ちゃんと役に立つものを作っている自負がある、というところだけです。
