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常識を疑うだけなら、誰にでもできる

『常識を逸脱せよ。』という本のテーマから考えたことです。重要なのは常識を破ることではなく、その常識が成り立つ理由を理解し、今も有効かを判断することだと思います。

『常識を逸脱せよ。 日本発「グローバルメガベンチャー」へ テラドローン・徳重徹の流儀』という本を知りました。既存の常識や業界の慣習にとらわれず、世界市場で勝負する会社をどう作るか、という経営思想が中心のテーマだそうです。内容そのものではなく、このテーマから考えたことを書いておきます。

共感できるのは、「前提から事業を構想する」姿勢

一番共感するのは、既存の市場や業界の常識を前提にせず、事業そのものを構想する姿勢です。日本の企業、特に中小企業には、既存の商習慣を守ることが経営だと考えているところも、少なくありません。しかし、環境が変わったときには、過去の成功体験が、むしろ足かせになります。最初から世界市場を視野に入れて事業を考える姿勢は、素直にすごいと思います。

常識を逸脱すること自体に、価値があるわけではない

一方で、疑問もあります。常識を逸脱すること自体に、価値があるわけではない、ということです。常識には、単なる思い込みもあれば、長年の経験から導かれた合理性もあります。重要なのは、常識を破ることではなく、その常識が成立している理由を理解して、現在も有効なのかを判断することだと思います。

もう一つ、成功した経営者の思想には、どうしても生存者バイアスが入りやすい、という点です。大胆な判断で成功した人がいる一方で、同じような判断で失敗した人も、大勢います。成功者の行動を、そのまま経営の正解として一般化することには、慎重でありたいと思います。

疑った先に、仮説と検証がある

常識を疑う能力と、合理的に判断する能力は、別物です。常識を疑うだけなら、誰にでもできます。本当に難しいのは、疑った先に新しい仮説を立て、検証し、実行して、結果を出すこと。ここに、経営者の能力の差が出ると思います。「学びて思わざれば則ち罔し、思いて学ばざれば則ち殆し」という『論語』の言葉があります。学ぶだけで考えなければ、物事ははっきりしない。考えるだけで学ばなければ、独りよがりで危うい、という意味です。疑うことと、確かめることは、セットで初めて力になります。

ちなみに、私は常識を疑うのは大の得意で、毎朝のように「この会議は本当に必要か」と疑っています。疑った先の仮説は、たいてい「二度寝」で、検証すると、だいたい遅刻しそうになります。

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