イギリスの哲学者フランシス・ベーコンは、「沈黙は愚者の美徳である」という言葉を残しています。一見、突き放すような言い回しですが、愚かな者でも黙っていれば賢く見える、つまり余計なことは言わないに越したことはない、ということなのだと思います。実際、話すことで相手に好印象を与えることもあれば、逆に信用を失うこともあります。言葉というのは、なかなか厄介なものです。
古代の賢人たちも、言葉を控えることを大切にしていた
「雄弁は銀、沈黙は金」という有名なことわざもあります。ちなみに、銀も金も、今はずいぶん相場が上がっているので、どちらを手にしてもありがたい話です。
『老子』にも、印象的な言葉がいくつもあります。「知る者は言わず、言う者は知らず」。本当に分かっている人は多くを語らず、よく語る人は、実はよく分かっていない。「善なる者は弁ぜず、弁ずる者は善ならず」。本当に善い人は弁舌を振るわず、口が達者な人ほど、実は浅い。「多言は数窮す、中を守るに如かず」。言葉が多すぎると、しばしば行き詰まる。中庸を守る方がいい。こうした言葉からも、古代の賢人たちが、言葉を控えることをどれだけ大事にしていたかが分かります。
静かな人には、惹きつけるものがある
こんな話もあるそうです。優れた三兄弟が、ある有名人と面会する機会を得ました。長男と次男は、一生懸命に自分をアピールして話しまくりましたが、三男だけは、ほとんど喋らずにその場を終えた。そして後日、その有名人が「一番印象に残ったのは、あの三男だ」と言ったのだとか。静かな人には、やはり何か惹きつけるものがあるのかもしれません。
人間にとって、言葉はもっとも強い意思表示の手段です。だからこそ、不必要な言葉は、できるだけ慎むべきだと思っています。自分の思いや主張だけでなく、相手の気持ちや立場も考えながら言葉を選べば、おのずと「言わない方がいいこと」も見えてきます。
私の経験上、やたら喋る人に限って、あまり中身がなかったりします。そして、陰口を好む人に、ロクな人物はいません。むしろ「あの人は多くを語らなかったけれど、信頼できる」という人こそ、本当に信用できる人です。そういう人は自然体で、どこか重厚な空気をまとっています。
言葉を慎むことは、自分を律すること
そしてそういう人は、きっと他人に見せる顔だけでなく、自分ひとりの時間の中でも、きちんと自分を律している人なのだと思います。西郷隆盛の言葉として、「至誠の域は、まず慎独より手を下すべし。閑居はすなわち慎独の場所なり」というものが伝えられています。誰にも見られていない場所で、きちんと自分を律すること。それが本当の誠実さにつながる、という意味です。
言葉を慎むことは、単なる沈黙の美徳ではなく、自分自身と誠実に向き合うための、大切な修練なのかもしれません。
……と、言葉を慎むことの大切さについて、1000文字以上かけて熱く語ってしまいました。慎言の道は、まだまだ遠そうです。
