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人間は、そもそも単純に言い切れるようにできていない

物事を安易に言い切る人は、信用しない方がいいと思っています。不安も、成長も、人間はそもそも単純に言い切れるようにはできていない、という話です。

物事をすぐに「100%こうだ」と言い切る人は、あまり信用しない方がいいと思っています。たいていの場合、よく分かっていないか、分かった上でこちらを都合よく動かそうとしているかの、どちらかです。

人間は、そもそも言い切れるようにできていない

人間はもともと、環境の変化に対する耐性(レジリエンス)を保つために、複数の選択肢を抱えられるようにできています。だから、常に何かしらの悩みや迷いを抱えているのが、むしろ自然な状態です。これを無視して「絶対にこうだ」と言い切る方が、人間の設計思想からすると不自然なのだと思います。

不安は、学習のための装置でもある

年齢によっても、不安の扱い方は変わっていきます。若いころは、学業成績がいい人ほど不安傾向が高いと言われています。これは、不安を増幅させる仕組みが、学習を早く進めるために備わっているからだそうです。年齢を重ねるにつれて、今度は不安を打ち消す方向へと変遷していきます。メンタルは安定しますが、同時に学習能力は低下していきます。しかも、これは不可逆です。安定か、伸びしろか。都合よく両方は選べません。

恋愛における「不安定さ」も、一概に悪いとは言えない

少し話がそれますが、恋愛におけるいわゆる「メンヘラ」気質についても、情緒が揺れやすい人の方が子孫を残しやすいという説があるくらいで、種の繁栄という観点だけで見れば、必ずしも悪いとは言い切れません。良い・悪いの一刀両断では、説明がつかないことばかりです。

育成の先にあるのは、覚醒ではない

成長というのは、基本的に階段を一段ずつ上るようなものです。ただ、その先に自動的に「覚醒」のような飛躍が待っているわけではありません。覚醒がどういうメカニズムで起きるのかというと、自分自身を客観的に見るメタ認知を、意識的に持てるようになるかどうかだと思っています。

ところが厄介なことに、ほぼ全員と言っていいくらい、人は自分が一番頭がいいと思っています。もちろん自分も例外ではないはずで、こうして「人は自分が一番だと思いがちだ」と書きながら、内心「まあ自分は違うけどな」と思っている時点で、かなり危ない兆候です。自分より格下の人間としか付き合わない人に、覚醒は訪れません。遠回りに見えても、圧倒的に格上の人間と触れる機会を、意識的に増やすことが、結局のところ一番の近道なのだと思います。

ちなみに、このタイトルで「人間は言い切れるようにできていない」と、思いっきり言い切ってしまいました。ブーメランが後頭部に刺さる音が、かすかに聞こえています。

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