SES(システムエンジニアリングサービス)という働き方について、考えることがあります。多重下請けの現場で、一日をただ座って過ごすだけの仕事を任されている方の話を聞くと、正直、心配になります。
もちろん、全ての現場がそうだと言うつもりはありません。SESという契約形態自体に良し悪しがあるわけでもありません。ただ、任される仕事の中身によっては、経験や技術がほとんど積み上がらないまま時間だけが過ぎていく、という状況があるのも事実だと思います。私自身も、駆け出しの頃には近いことを経験したので、他人事には思えません。
「座っているだけ」の先に残るもの
後から自分の市場価値を振り返ったとき、「何を経験したか」を語れるかどうかは、大きな差になります。指示された作業をこなすだけの現場に長く留まると、その「語れる経験」が育ちにくくなってしまいます。
投資家のウォーレン・バフェットは「潮が引いたときに、誰が裸で泳いでいたかが分かる」という言葉を残したそうですが、これは景気の話に限らないと思っています。技術やAIの変化が速い今、受け身のまま過ごした時間ほど、変化が来たときに一気に見えてしまうものです。
変わる勇気と、変わらない現場
とはいえ、今の環境から動くのは簡単なことではありません。生活もありますし、次の当てが見えないまま動くのは不安なものです。ここで無責任に「今すぐ転職すべきだ」と言うつもりはありません。
それでも、もし今の仕事で新しく学んでいることがほとんどない、と感じているなら、それは一度立ち止まって考えていいサインだと思います。座っているだけの八時間を、次の一歩を考える八時間に変える。その切り替えは、誰かに言われてするものではなく、自分自身で選ぶものだと思うからです。
アイキューヴが技術者と仕事をするときに大事にしているのは、単に人数を揃えることではなく、実際に手を動かして考える機会をつくることです。誰かの「行末」を心配するくらいなら、自分たちの現場をそういう場所にしていくしかない、というのが、今のところの結論です。